「不動産屋さんの提案で、夫婦ペアローンを組むことになりそうです」
「今の年収だと、40年や50年ローンにすれば希望の家が買えると言われました」
最近、住宅購入の相談現場でこうした声を聞く機会が明らかに増えています。建築資材の高騰や都市部の物件価格の上昇に伴い、ひと昔前なら考えられなかったような借入スキームが、まるで一般的な選択肢のように提案されているのが現状です。
しかし、その提案書を見るたびに、私は立ち止まらざるを得ません。
「この計画で、10年後、20年後のご家族は本当に笑って暮らせているだろうか」と。
それぞれの仕事、それぞれのゴール
住宅購入には、いくつもの専門家が関わります。それぞれの役割とビジネスの成立条件を整理すると、見ている「時間軸」がまったく違うことに気づきます。
不動産会社:家を「売る」のが仕事です。引き渡しが完了し、契約が成立すれば売上や仲介手数料が確定します。そのため、「買える限界の予算」を提示するのがビジネスとして合理的です。
銀行:お金を「貸す」のが仕事です。所定の審査基準(返済比率や信用情報)をクリアし、担保や団信で回収リスクが保全されていれば、融資を実行します。
不動産会社も銀行も、それぞれの役割を全うしているだけであり、悪意があるわけではありません。しかし、彼らのゴールは「売買契約が結ばれ、鍵が手渡された瞬間」にあります。
では、独立したFP(ファイナンシャルプランナー)の仕事とは何でしょうか。
それは、家を売ることでも、お金を貸すことでもありません。
「家を買った後、何十年にもわたってご家族が笑って過ごせるかどうか」を見極めることです。
「借りられる額」と「返しながら豊かに暮らせる額」は違う
ペアローンや超長期ローンを組めば、確かに購入可能額は跳ね上がります。憧れの立地、最新の設備を備えた広い家を手に入れることができるでしょう。
しかし、その計画の前提には、いくつもの「都合のいい仮定」が積み重なっていないでしょうか。
夫婦ふたりとも、退職まで一度も収入が落ちることなく働き続けられる。
育児休業中や復職後の時短勤務でも、毎月の返済負担に耐えられる。
金利は将来にわたって上がらない。
子どもの教育費がピークを迎えても、家族旅行や趣味を楽しむ余力がある。
70歳、80歳になっても、住宅ローンを返し続けられる。
人生には予期せぬ変化がつきものです。子どもの体調、自身のキャリア観の変化、親の介護、そして経済情勢や金利の変動。
「借りられる限界」で組んだローンは、そうした人生の変化に対する柔軟性をすべて奪い去ります。毎月の返済を守るためだけに働き、家族の笑顔が消え、子どもの進路の選択肢を狭め、老後の生活資金を削る――それでは、何のために手に入れた家なのか本末転倒です。
家は、家族が幸せに暮らすための「器」であって、人生のゴールそのものではありません。
本当の豊かさを手放さないために
引き渡しの瞬間が華々しいクライマックスであるなら、FPが向き合うのは、その後に続く何千日、何万日という日常です。
「今の予算設定では、旅行や教育費を削ることになりますよ」
「片方の収入が減った瞬間に家計が破綻するリスクがあります。少し予算を下げませんか」
ときに、お客様の夢にブレーキをかけるような厳しい言葉をお伝えすることもあります。しかし、それは目先の契約のためではなく、15年後、20年後に「あのとき見直しておいて本当によかった」と家族で笑い合ってほしいからです。
家を買った後に待っているのは、子どもの成長であり、家族の思い出であり、日々の何気ない団らんです。
「買った後も、ちゃんと人生を楽しみ切れるか」
その一点から逆算して、家計とライフプランに揺るぎない安心をつくること。それこそが、私たちが果たすべき本来の仕事です。